準備書面3(原告)
平成30年7月19日
第1 被告沖縄県知事の裁量権の範囲の逸脱ないし濫用について
- 基本的な枠組み
地方公共団体の長もしくは長から委任を受けるなどした職員は、当該普通地方公共団体の公務を遂行するために合理的な必要性がある場合には、その裁量により、補助機関である職員に対して旅行命令を発することができるが、その裁量権の行使に逸脱または濫用があるときは、当該旅行命令は違法となる(最高裁第一小法廷判決平成17年3月10日判時1894-3)。
本件で問題となっている公金の支出は、ジュネーブの人権理事会本会議場における約2分間の声明発表を主たる目的とする海外渡航【甲5の3】にかかるものであるが、その声明発表の「公務性」そのものが争われているのである。
つまり、それが県知事の職務としてなされたものなのか、県知事翁長雄志個人による私的な発言なのかが争点となっている。
- 人権理事会本会議場での発言内容(邦訳)
沖縄県知事翁長雄志による人権理事会本会議場における発言は英語でなされているが、次のとおり邦訳されている。
ありがとうございます、議長。私は、日本国沖縄県の知事、翁長雄志です。沖縄の人々の自己決定権がないがしろにされている辺野古の状況を、世界中から関心を持って見てください。
沖縄県内の米軍基地は、第二次世界大戦後、米軍に強制接収されて出来た基地です。沖縄が自ら望んで土地を提供したものではありません。沖縄は日本国土の0.6%の面積しかありませんが、在日米軍専用施設の73.8%が存在しています。戦後70年間、いまだ米軍基地から派生する事件・事故や環境問題が県民生活に大きな影響を与え続けています。
このように沖縄の人々は自己決定権や人権をないがしろにされています。自国民の自由、平等、人権、民主主義、そういったものを守れない国が、どうして世界の国々とその価値観を共有できるのでしょうか。
日本政府は、昨年、沖縄で行われた全ての選挙で示された民意を一顧だにせず、美しい海を埋め立てて辺野古新基地建設作業を強行しようとしています。私は、あらゆる手段を使って新基地建設を止める覚悟です。
今日はこのような説明の場が頂けたことを感謝しております。ありがとうございました。
果たしてこれが、沖縄県知事の資格において職務(公務)としてなされた発言かどうかが問題となっているのである。
- 国連人権理事会での発言資格
国連人権理事会におけるオブザーバー参加資格(発言資格)については、2006年3月15日の国連総会決議で決められた人権理事会のルールがある【甲8】。それは「会議は、後に総会または理事会が別途定める場合を除き、総会の委員会におい定められた手続規則が適用される。また、オブザーバーの参加と協議の資格についても定める。オブザーバーの参加資格(発言資格)は、(1)非理事国の政府代表者(2)国際機関代表者(3)国連経済社会理事会に認められた協議資格を有するNGOである」というのがそれであり【甲9】、地方自治体の首長に発言資格がないことは明らかである。産経新聞が平成29年9月11日に報じた国連人権理事会での発言資格に関する記事【甲2】は全く正しいものであった。
被告は発言枠をNGO「市民外交センター」に譲り受けて演説したと主張しているが、それによって発言資格のない沖縄県知事の発言資格が認められるということにはならない。それは国連人権理事会の発言資格に関するルールを変更ないし修正するものではない。あくまで当該NGOの一員としての資格において発言が認められたに過ぎないのである。
すなわち、国連人権理事会のルールに則って事態を客観的にみれば、翁長雄志は、≪国連経済社会理事会に認められた協議資格を有するNGO≫の一員としての資格において、翁長雄志個人として発言したということになる。発言は「私は、日本国沖縄県の知事、翁長雄志です。」ではじまっているが、そこでの沖縄県知事という冠は、自己紹介における単なる肩書に過ぎないというべきである。
- 英語による発言内容
人権理事会本会議場における翁長雄志の発表は、英語で行なわれたものであった【甲3の3】。
被告が公表した邦訳では、「沖縄の人々の自己決定権がないがしろにされている辺野古の状況を、世界中から関心を持って見てください。」と発言したことになっている部分における「沖縄の人々の自己決定権」の英語原文は前回の準備書面でも指摘したとおり、Okinawan's right to self-determinationというものであり【甲11】、それは「沖縄人の民族自決権」と訳すべきものであった。けだし、self-determinationは、国連憲章第1条2に記されている民族自決権であり、民族固有の権利である。戦後、アジアやアフリカの各国は、この民族自決権に基づいて次々と欧米列強から独立を果たしたのである。それは自治という文脈における「自己決定権」の英語-autonomy right of self-government-とは全く異なる概念である。
それが「沖縄人の民族自決権」と訳されるべきであって「沖縄の人々の自己決定権」と訳出すべきでないことは次のことからも明らかである。
第1にその発言がなされた≪場≫である。そこは国連人権理事会の本会議場であり、聴衆の多くは国連関係者である。 self-determinationは、国連憲章第1条2の言葉であり、国際法上の成語である。国連関係者や国際法を知るものは、直ちにそれを国連憲章上の民族自決権として理解する。
第2に英語の文法上の理解である。 Okinawanは単数形であり複数形ではないし、権利の意味を持つrightは単数形が用いられ、複数形のrightsではない。すなわち、それは複数の「沖縄の人々」の権利ではなく、単数の民族名としての「Okinawan=沖縄人」の権利が述べられているのである。
第3に翁長雄志に発言枠を譲渡した「市民外交センター」の性格である。市民活動センターは、国連人権理事会において先住民族の権利の顕彰につとめてきた実績が評価されて国連人権理事会での発言資格を得たNGOであり、近年は、琉球沖縄人を先住民だとして、これを人権理事会で認めさせ、日本に勧告するよう人働きかけてき団体であることはよく知られており、第7回定例議会においても翁長政俊議員が指摘しているところである【甲5p174】。平成27年第7回沖縄県議会(定例会)において、同じく翁長政俊議員が指摘されている糸数慶子(参議院議員)の国連人種差別撤廃委員会国際会議での発言もまた、市民外交センターと同じく沖縄琉球人の先住民族性を主張するものであった【甲5p176】。
第4に声明発表の前になされたサイドイベントでの発言内容である。それは市民外交センター等の沖縄琉球民族の先住民性をみとめそれが明治政府による沖縄処分のことやサンフランシスコ平和条約において沖縄が本土と切り離され、米の占領統治が続いたといった歴史的経過に触れ、沖縄人が1つの民族として虐げられてきた物語が縷々語られていたのである。
翁長雄志は、定例議会においても、国連人権理事会に行く前に自民党県議連から先住民族という言葉は使わないようにとの申入れがあったことに触れ、「そこでも私は今日まで先住民という言葉を使ったことはございませんと、ですから使うつもりもありませんという話をさせて戴いたわけです。…そういう意味で私は今日まで先住民という言葉を使ったことはございません」と答弁している。前回の準備書面でも指摘したとおり、まるで子どもの言い訳である。先住民族という言葉を使うかどうかがではなく、沖縄の人々が民族自決権の主体となる民族性を有するかどうかが問題なのである。
国連人権理事会の本会議上において、Okinawan の self-determinationを主張することは、沖縄人の先住民族性を前提とするものである。そして、それは、翁長雄志が、定例会議で答弁しているように、沖縄県の立場とは異なるものである(先住民かどうかという議論は、今沖縄県の中では議論として十二分になされているとは思っておりません【乙5p175】)。
このことは、翁長雄志による国連人権理事会での発表が、沖縄県知事としての資格でなされたものではなく、市民外交センターの一員として翁長雄志個人の資格においてなされたものであるという原告らの主張を裏付けるものである。
- 第7回定例議会における質疑応答
平成27年9月開催の国連人権理事会では、日本から沖縄うまれの原告我那覇真子も参加して発言している。第7回定例議会では原告我那覇の発言についての質問があり、知事公室長は、「御指摘の演説は、個人としての発言であり、県としてのコメントは差し控えさせていただきます」とし、発言がどのような立場の発言であるかということを重視する答弁をしているが、続く新垣哲司議員の質問、「沖縄県としての発言か、そしてまたは個人の発言だったんですか」に対し、知事公室長は「発言は、沖縄県知事翁長雄志として発言してございます。」と曖昧に答弁している【乙5p194】。
沖縄県の代表者である県知事としての立場なのか、個人の立場からの発言であるか、いずれでも解しうるような答弁である。沖縄県サイドは、翁長知事も含め、知事には発言資格がないという問題点をよく知っていたとうかがえる答弁である。被告は、国連人権理事会での発言にあたり、地方公共団体の首長としての発言資格は認められないということは、NGO市民外交センターから発言枠を譲り受けるという尋常ではない手続きを踏み、その可否・当否を検討するうえで知っていたはずである。沖縄県知事翁長雄志は、そのことを知ったうえで、敢えて人権理事会に乗り込んでOkinawan の self-determinationを訴えたのである。
前記のとおり、「日本国沖縄県の知事、翁長雄志」としての発言は、地方公共団体の首長である沖縄県知事ではなく、翁長雄志個人としての発言であり、「日本国沖縄県の知事」の冠は、単なる肩書である。
- まとめ
思うに、翁長雄志も後援会関係者の結婚式に来賓として招待されたことがあるはずだ。スピーチを求められることもあっただろう。そこでの発言は個人の資格でなされるものであり、そこでいくら肩書としての県知事を名乗り、沖縄県の立場から基地問題を論じていたとしても、スピーチや結婚式への出席が知事の職務(公務)となるものではない。そのことと同じである。ましてや、本件では、NGO市民外交センターが主張している沖縄人の先住民性について民族自決権(self-determination)という政治性の強い言葉を用い、沖縄県の立場とは異なる主張をしているのである。
それは、あくまで個人としての発表であり、その発表を目的とする人権理事会への出席も公務性を帯びることはない。ゆえに人権理事会での発表を主たる目的とする海外旅行には公務の合理的な必要性が認められるわけもなく、知事の旅行命令等は、その裁量権の行使に逸脱又は濫用があったと言わざるをえない。その違法性は明白である。
第2 法242条2項所定の正当な理由と相当な期間について
被告沖縄県知事による平成27年9月のジュネーブで開かれた国連人権理事会での声明発表を目的とする旅行命令やそれに関する支出が違法なものであることは第1で論じたとおりである。
そして、それが違法であることを判断するうえで不可欠なのが、国連人権理事会での発言資格(参加資格)に関する国連総会で決められたルールであることは明白であろう。
既にみたように平成27年第7回定例会では、国連人権理事会演説に関し、複数の県会議員らからさまざまな質問が飛んだ。しかし、国連人権理事会における発言資格に言及するものは皆無であった【乙5】。一般の沖縄県住民である原告らにおいて、国連総会で決められた国連人権理事会の発言資格に関するルールのことについて知らなかったことを責めることはできない。
そのことを報じた産経新聞の記事【甲2】を見て程なく行なわれている本件各住民監査請求が所定の期間を遵守できなかったことについては、法242条2項所定の「正当な理由」かおり、かつ「相当な期間」内になされたと断じる所以である。
以上